十返舎一九(じっぺんしゃ いっく)は江戸時代後期を代表する戯作者(げさくしゃ)で、『東海道中膝栗毛』を著したことで広く知られています。笑いを通じて庶民の暮らしや風俗を描き、その斬新な視点と軽妙な文体は、現代でも多くの人々に親しまれています。彼の描く世界観には、旅や人情への興味がふんだんに盛り込まれ、読者を惹きつける魅力があります。当時の社会風刺や人情喜劇とも言える作風が特徴であり、庶民が共感できるような物語を数多く残しました。さらに、戯作を通じて新しい表現を追求し、一般大衆に娯楽を届けるだけでなく、自らの人生観も重ねて描き出した点で評価されています。こうした業績から、十返舎一九は日本文学史において欠かせない存在となっているのです。
人生のターニングポイント 7つ
十返舎一九の生涯には、作風や人生観に影響を及ぼしたいくつもの転機が存在します。とりわけ、年代ごとに追いかけてみると、彼がどのようにして作家としての地位を築き、多くの人の笑いを生み出すに至ったかがよく分かります。ここでは、そのターニングポイントを七つに分けてご紹介しましょう。
- 幼少期:熱心な読書で文才を培う
- 修業時代:戯作や落語など多彩な芸能に触れ、笑いの世界を知る
- ペンネームの誕生:初めて“十返舎一九”の名を用い、個性的な作風を築くきっかけとなる
- 『東海道中膝栗毛』執筆:代表作の成功により名声を確立し、全国的に知られる存在となる
- 庶民との触れ合い:旅先で生きた人情や風俗に触れ、自身の戯作にリアルな笑いを取り入れる
- 江戸での活躍:出版者や同業者との交流を深めることで、さらに表現の幅を広げる
- 晩年の自由な作風:人生の酸いも甘いも知った彼が、独自のユーモアを最後まで追求し続けた時期
出身
十返舎一九は、現在の静岡県にあたる駿河国で生まれたと伝えられていますが、出生地については諸説があり、江戸で育ったとも言われています。いずれにしても、江戸の活気ある文化に触れたことが、彼の戯作に大きな影響を与えました。幼少期から読書や物語に親しんだことで、その豊かな感性が早くから芽生え、後の名作誕生の下地となったのです。とくに、江戸独特の風情や町人文化に囲まれた暮らしは、彼が軽妙な笑いを生み出すための肥沃な土壌となりました。
趣味・特技
十返舎一九の趣味や特技としてまず挙げられるのは、やはり“笑い”のセンスでしょう。彼は当時流行していた川柳や狂歌などをこよなく愛し、そこから得た発想を戯作に取り入れることで独特のユーモアを生み出しました。また、庶民の暮らしに興味を持ち、旅先での見聞を活かして風景や人間模様を細やかに描写する技量にも優れていました。とりわけ、会話文や人物のちょっとした仕草を生き生きと描く手腕は高く評価され、読者に身近な面白さを伝えることが得意でした。さらに、彼自身も実際に各地を旅することが好きで、その体験によって培われた観察眼が数々の作品を支える大きな要因となったのです。こうした感性や言葉選びの巧みさこそが、十返舎一九ならではの“特技”と言えるのではないでしょうか。
また、彼は浮世絵や挿絵にも関心を示し、自著の装丁や挿画に対してもこだわりを持っていたといわれています。視覚的な要素を意識することで、読者の興味を引きつける工夫を凝らしていたのでしょう。
友人・ライバル
十返舎一九は多くの同時代作家や知人と交流を持ち、作品のアイデアや執筆の刺激を得ていました。ここでは、代表的な友人やライバルをいくつか挙げてみましょう。
- 式亭三馬(しきてい さんば):同じく江戸時代後期に活躍した戯作者。洒落本や滑稽本などの分野で切磋琢磨し合い、互いの創作意欲を高めたといわれています。
- 山東京伝(さんとう きょうでん):黄表紙や読本などで人気を博した作家。ときに競い合い、ときに情報を交換しつつ、新しい笑いのスタイルを追求しました。
- 曲亭馬琴(きょくてい ばきん):長編読本『南総里見八犬伝』で有名な文豪。ジャンルは異なれども、互いの作品を尊重し、文学界に新風をもたらす刺激的な存在だったようです。
名言
この世をば どりゃおいとまに せん香の 煙とともに 灰左様なら
この言葉は、十返舎一九が晩年に残したとされる名言の一つであり、洒落と風刺の効いた辞世の句とも言われています。まるで冗談めかしながらも、人生の儚さや死生観を見事に言い表している点が、多くの人を惹きつける所以でしょう。香の煙がすっと消えるように、この世から立ち去ることを「おいとま」として捉える感覚は、どこか軽妙でありながら深い余韻を残します。彼の作風らしく、生と死をも笑いの要素で包み込みつつ、そこに独特の風流を感じさせるところが魅力です。現代においても、この句に込められたユーモアと哀感のバランスは、多くの人に共感と興味を呼び起こしてやみません。
辞世の句や最期の言葉には、その人の人生観や価値観が凝縮されるもの。十返舎一九の場合は、最後の瞬間まで遊び心を忘れない姿勢が垣間見えるため、死への恐怖を和らげるような印象すら与えてくれます。まさに、生涯を通じて笑いを追求してきた十返舎一九らしい締めくくりと言えるでしょう。
好きな食べ物
十返舎一九は大のお酒好きとして知られ、そのために奇想天外な行動をとったエピソードがいくつも伝わっています。特に有名なのは、酒代を捻出するために家具を売り払い、部屋が殺風景になってしまったので、壁にたんすの絵を描いてごまかしたという話でしょう。実際にそこまでして酒を手に入れようとする姿からは、彼の強烈なこだわりと、ちょっと抜けたような愛嬌がうかがえます。庶民の暮らしをこよなく愛した十返舎一九が、酒の席でどれほど愉快な話を披露していたのかは想像に難くありません。このような自由奔放な性格は、作品にも色濃く反映され、多くの読者を笑わせてきました。実際、彼の物語の中には、酒宴の場面や気の利いたやりとりがしばしば登場し、飲食を媒介とした人情描写が大きな魅力となっているのです。

なお、この逸話は後年の創作とも言われることもありますが、十返舎一九の豪快な酒好きぶりを象徴する話として、今でも多くの人に語り継がれています。
さいごに 偉人の人生に学ぶこと
十返舎一九の生き方から学べるのは、自由な発想と庶民目線の大切さではないでしょうか。日々の暮らしをユーモアでもって楽しみ、困難さえも笑いに変える姿勢は、現代社会でも大いに通じるものがあります。
自分らしく生きるために必要なのは、肩の力を抜きつつも芯の通った情熱を持つこと。そんなメッセージを、彼の作品やエピソードは今も私たちに届けてくれているのです。
人生に笑いを取り入れることで見えてくる新たな視点は、時代を超えて私たちを勇気づけてくれます。彼ののびやかな発想に触れると、心に余裕が生まれ、自分の道を肯定的にとらえるヒントが得られるはずです。